仕事のゴルフ塾塾長 中村和哉

長文プロフィール

1965年福岡にて中小企業に勤めていた
26才の父のもとに生を受ける。

サラリーマンとして転勤族だった父。
転勤の指令が出るたびに家族全員で移り住み、私が福岡で生まれた後に
→熊本→盛岡→草加→小山→さいたま市→千歳市と渡り歩く事になる。

最終学歴地である北海道の高校を卒業するまでの間、
実に卒業アルバムは幼稚園が2枚、小学校が2枚、中学校が2枚と
それぞれ複数あると云う悲しい過去を経験しました。

中学3年の2学期の北海道への転勤は
それまで培ってきた友達との別れがつらく初めて親に反発しました。

転向した時期はどれも3年の2学期であった為、
転校先では必ずいじめられはしましたが
必ず卒業時になるとクラスの中心的存在に成長、
いじめられっ子からいじめっ子まで仲が良いと云う
社交的性格が養われました。

現在、弱小企業でありながらも大きな会社とものおじせずにやれているのも
この幼少期の経験によるものかもしれません。

高校卒業時には既にプロゴルファーになりたいと
固い決意を決めておりましたが
実は高校3年の2学期まで進学コースにいたものの
親に黙って就職コースに決め、親を泣かせた事もありました。
18歳で卒業した私は近くのゴルフ場に就職、
晴れてプロ研修生となる。

その後、24歳までいくつかのゴルフ場を渡り歩きながら
トーナメントプロを夢みて修行生活を送るが25歳の時に先輩プロの誘いで
『レッスンの仕事をやってみないか?』と誘われやってみたところ、
自分のゴルフにはどんなにやっても成果が出てこなかったものが
人に教える事に関してはまたたく間に評判を呼び、
生徒数が増えていく事に感動を覚えました。
自分自身が人に教えると云う事が向いていると初めて実感した瞬間でした。

しかしながら、実力がない私にとっては
良いことばかりではありませんでした。

バブル景気のこの時期に経験した接待ゴルフを主な目的とした方への
ゴルフ指導においてはまったく目に見える成績が残せず
その後25年にわたりトラウマとなる出来事でした。

その後、いくつかの大手ゴルフスクールで研鑽を積み、
どの企業でもトップセールスを上げ、34歳の時に現在の会社を創業。
まだインターネットからの集客が見向きもされない時期に
オートレスポンダーによる予約システムをいち早く取り入れ、
ホームページからの集客に力を入れました。

最盛期には月100名の体験レッスン受講者を呼び込み、
学校数も16か所に拡大。
2014年からはそれまでの実績と経験を活かし
企業を相手としたコンサルティングや人材派遣事業を開始。
企業のスクール設立や人材の育成にも大きな貢献し
コンサルタントとして自信が持てるきっかけとなりました。

2017年6月より、25年前に経験したトラウマを基に
長年にわたり研究を重ねてきた仕事のゴルフに特化した指導プログラム
『仕事のゴルフにおける1生分の基本をたった3ヶ月で習得する
7つのステップ』を基に仕事のゴルフに特化したゴルフ塾
『仕事のゴルフ塾』を設立。

士業・経営者・個人事業主など『自分自身が商品』と云う方々が
ゴルフと云うコミュニケーションツールを活用し
顧客を獲得できる元気な社会を作るべく日々奔走中。